Jun 29, 2008

第8回「和歌森太郎」

吉備の国学園「和歌森太郎」

和歌森 太郎(わかもり たろう、1915年(大正4年)6月13日 - 1977年(昭和52年)4月7日)は歴史学者、民俗学者。リベラルな歴史学者として知られ、戦後の教育改革で新たに設置された教育科目「社会科」の教科書を最初に執筆したことでも知られる。教育大時代には文学部長も務めていたが、同大学の筑波移転には強い反対の立場をとっている。移転反対派の牙城であった文学部においてもその旗手として論陣を張るが、評議会や理学部を中心とした推進派との対立から1966年には学部長を辞任している。

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

和歌森太郎は著書「和歌森太郎著作集4 古代の宗教と社会」のなかで邪馬台国論を述べています。「魏志倭人伝」を丹念に読み込み、冷静な分析を旨としている様子で、その里程の解釈から、「九州にはとどまらない」と、まず「九州説」を否定しています。また、海人族に縁のあるという観点から海沿いに想定し、その人口が7万戸というのは実数はどうあれ、倭国で最大の人口を有した都である点から、弥生遺跡の充実したエリアを注目すべきとしています。そして、その結論として「吉備から播磨の瀬戸内沿い」が邪馬台国の所在地として最もふさわしいとします。

「先生に聞いてみよう」岡 将男氏 登場

岡氏は「RACDA(ラクダ)路面電車と都市の未来を考える会」の会長として活躍する、岡山きっての論客ですが、くわえて歴史の造詣も深くアマチュアならではのなにものにもとらわれない自由な発想が持ち味です。

古墳の達人「両宮山古墳」「石清尾山古墳群」青山 融さん

吉備のもうひとつの謎の巨大古墳「両宮山古墳」と高松の代表的な古墳の山「石清尾山古墳群」の紹介です。

石清尾山古墳群Map


大きな地図で見る

Trackback

No Trackbacks

Track from Your Website

http://kodaikibi.j-artrelations.com/trackback/tb.php?id=8
(言及リンクのないトラックバックは無視されます)

Comment

No Comments

Post Your Comment


*は入力必須です。E-Mailは公開されません。